大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1633号 判決 1985年9月13日
控訴人
相互信用金庫
右代表者
糠野尚男
右訴訟代理人
西垣剛
八重澤総治
田中義則
控訴人補助参加人
株式会社日本システム・サービス
右代表者
矢野耕二郎
控訴人補助参加人
矢野耕二郎
右両名訴訟代理人
中谷茂
右復代理人
山口勉
被控訴人
国
右代表者法務大臣
住栄作
右指定代理人
高田敏明
外三名
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 申立
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 主張
次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目裏一二行目の「被告」を「訴外会社」と訂正する。
二 同三枚目裏九行目の次に以下のとおり加える。
「さらに、右矢野名義の普通預金口座は、訴外会社の経理責任者で参加会社の常務取締役でもある訴外三上績が、矢野の指示ではなく、自らの判断で開設したものであるし、右預金が控訴人我孫子支店の矢野名義通知預金からの振替入金により開設されているとしても、同預金も訴外会社に帰属するものである」
三 同六枚目表七行目の「である。」を、「であり、少くとも本件預金のうち番号2ないし4については、参加会社が訴外会社から昭和五三年四月三〇日から翌五四年三月三一日にかけて売掛金、貸付金、手数料等の債権担保の趣旨で受領した預り金六九二〇万円の一部が右預金の原資となつたものである。
四 控訴人
仮に、訴外会社が本件定期預金の預金者であるとしても、訴外会社は、昭和五四年一一月二八日矢野耕二郎の名義で右預金につき控訴人のため担保設定し、かつ、参加会社の控訴人に対する信用金庫取引にもとづく債務につき参加会社と連帯して保証する旨約諾したものであるから、控訴人は取立権者である被控訴人に対し、右保証債務と本件貸付金(各内訳は後記のとおり)を以下のとおり対当額で相殺する旨の意思表示を、当審における昭和五九年一一月一日の口頭弁論期日において陳述した控訴人の同日付準備書面によりなした。よつて、本件定期預金債権は消滅している。
(債権の表示)
1 手形貸付金元本 金三五〇〇万円
当初貸付日 昭和五四年九月二九日
書類継続日 同年一〇月二九日
支払期日 昭和五五年四月一日
2 右利息 金二七六万九三一五円
昭和五五年四月二日から昭和五六年一月三〇日までの利息金
(債務の表示)
1 本件預金(四口)合計金三二一三万一五〇〇円の支払債務
2 右税引後利息 金一三四万三四四〇円
(充当方法)
債務の表示1を債権の表示1に、債務の表示2を債権の表示2に、それぞれ充当する。
五 被控訴人
控訴人の右相殺の主張は争う。訴外会社は、控訴人が参加会社に対して行つた手形貸付につき、保証をしたことも本件定期預金を担保として差し入れたこともないから、右主張は失当である。
第三 証拠関係<省略>
理由
一被控訴人主張の請求原因事実についての認定、判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由一ないし三項の記載と同一であるから、これを引用する。
1 原判決六枚目裏一〇行目の「証人辻浩司」の前に「同主張五の(二)の事実のうち、矢野名義の普通預金に控訴人我孫子支店の書類上その主張のような入出金の記載のあることは控訴人の自認するところであり、この事実と」と加える。
2 同七枚目表一行目の「ほか一社」を「訴外会社の仕入先」と訂正し、同四行目の「事実」の次に、「(同日現在の普通預金元金の残高が五〇二万七四五六円となつている)」を、同五行目の「甲第六号証」の前に「前掲」を、それぞれ加え、同八行目の「認められる。」を「認められ、参加人矢野本人の右認定に反する供述部分は前掲証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」と訂正する。
3 同八枚目表七行目の「三一号証」の次に「によれば、矢野自身が大阪国税局国税徴収官に対して、右の矢野名義の通知預金は訴外会社に帰属するものである旨供述していたことが認められること及び同甲号各証」を加え、同裏一行目から一二行目までを削除して、そこに「しかしながら、後記認定のとおり、控訴人は本件定期預金の帰属者を名義人どおり矢野であると信じてこれを担保に取つたにすぎないから、右事実は、本件定期預金が訴外会社に属するとの認定を妨げるものではない。」を加える。
4 同九枚目表三、四行目の「認定事実」の次に、「、ことに訴外会社は、同年三月三一日までの事業年度における法人税決算書において右普通預金を自社の預金として計上していること」を、同六行目の「丙第一号証」の次に、「及び官署作成部分の成立については当事者間に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三四号証」を、同八行目の「したこと」の次に「(ただし、預金先を控訴人城東支店と誤記している)」を、それぞれ加え、同九行目冒頭から同末行の末尾までを削除して、そこに次のとおり加える。
「しかし、右申告書の記載は、先に認定した参加会社、訴外会社、前記三上及び矢野の密接な関係、預金についての基本的な事項である預金先について右のような誤記のあること、成立に争いのない甲第一二号、同第二〇ないし二三号証によつて認められるように、訴外会社は前記申告書提出前の昭和五四年三月頃から同社の利益を不正に少く申告するための工作を考慮していたこと等の事情を考慮すると、参加会社の資産を正確に記載したものとみるのには疑問があるのであつて、右の記載があつたことのみでは、本件定期預金が訴外会社に帰属するとの判断を左右するに足るものではない。」
5 同九枚目裏二行目の「主張する」を、「主張し、当審における参加人矢野本人の供述及びいずれも同供述によつて真正に成立したものと認められる乙第四ないし七号証によれば、右預金をするに際して矢野の印が使用されたことが認定できる。」と訂正し、同二行目の「認定事実」の次に「と、右認定に供した証拠によれば、右の矢野の印は、参加会社の役員で訴外会社の経理をも担当していた前記三上が保管しており、矢野名義の前記普通預金(控訴人我孫子支店)の出入金の際に使用していたこと」を加える。
6 同九枚目裏四行目と五行目の間に以下のとおり加える。
「(八) 以上のとおりであつて、参加人矢野本人の供述のうち、本件預金が、参加会社の訴外会社から受領すべき商品販売手数料を預金したものであつて、参加会社に帰属すると述べる部分を含めて、以上の認定に反する部分は、右手数料の名称、金額など重要な部分において一貫性を欠いているうえ、前記認定事実及び前掲甲第一一、三一号証との対比によつても到底措信できないし、当審において提出された丙第四ないし六号証、第七号証の一ないし二七四、第八号証、第九号証の一ないし三三の各記載も、以上の認定事実と対比すると、本件定期預金が訴外会社に帰属するものと認定する妨げとなるものとはいえないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」
二次に、控訴人の相殺の主張について検討する。
1 <証拠>によれば、控訴人は昭和四九年一〇月三〇日参加会社との間で信用金庫取引契約を締結し、参加会社の代表者の参加人矢野が参加会社の負担する債務につき連帯保証することを約諾したこと、そして、右契約にもとづき、昭和五四年九月二九日、控訴人は参加会社に対し金三五〇〇万円を返済期同年一〇月二九日の約定で貸付け、その後同年一〇月三一日に返済期を昭和五五年四月一日に延期したこと、その間の昭和五四年一一月二八日、参加人矢野は控訴人に対し、現在及び将来において前記取引契約上参加会社が負担する債務の担保として本件定期預金を根担保として提供することを承諾し、右預金証書と担保差入証を交付したこと、その後、控訴人は参加人矢野に対し、昭和五六年二月一二日同参加人に到達した書面により、前記貸付金元金三五〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五五年四月二日から昭和五六年一月三〇日までの利息金二七六万九三一五円の合計額金三七七六万九三一五円についての前記連帯保証債務(同額)と、本件預金元金合計金三二一三万一五〇〇円及びこれらについての税込後利息金合計金一三四万三四四〇円の合計額金三三四七万四九四〇円の支払債務とを、右預金債務元本とその利息金をそれぞれ前記貸付金元本とその利息金に内入充当する方法により相殺する旨の意思表示をしたことがそれぞれ認定でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 ところで、本件預金は訴外会社に帰属するものであることは先に判断したとおりであるが、控訴人において、右預金及び前記貸付の各時点で、預金者が参加人矢野であると信じたことにつき善意かつ無過失である場合には、民法第四七八条の類推適用により、前項の相殺をもつて被控訴人に対抗することができるものと解すべきである。
そこで、右善意ないし過失の有無の点について検討する。
先に判断したように、本件預金は、控訴人に対する参加人矢野名義の普通預金から払戻された金員が預金されたものであり、<証拠>によれば、前記普通預金の預入れ、そこからの払出し及び本件定期預金の預入れの際には、いずれも「矢野」と刻印された小判型の印鑑が使用されており、右印鑑は、参加会社の役員をしていた前記三上が常時保管していて、右の預金に関する手続は、矢野自身が稀に行つた以外は、その殆んどを右三上が右印鑑を使用して行つていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、右認定事実と、前記貸付の際に訴外会社を本件預金につき担保提供者としていないこと(<証拠>により認める)及び原審証人花木莞司、同辻浩司の各証言を総合すると、控訴人は、本件預金時ないし前記貸付時点において本件預金が訴外会社に帰属することを知つていなかつたものと認めるのが相当であり、前掲甲第二三号証、成立に争いのない甲第一三、三〇号証の各記載は明確さを欠いていて右認定を覆すに足りるものではないし他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
次に、前記過失の有無について検討すると、前記のように控訴人は本件預金を受入れるに際し、矢野の印鑑による普通預金の払戻し、これによる本件預金の取組みについても同一印鑑であることを確認し、前記貸付の際には本件定期預金証書を全て預つているのであり、前記のような訴外会社及び参加会社ないしその取引先との関係、前記の統括本部なる組織の存在、参加会社の役員である前記三上が訴外会社の経理、会計を担当していたこと等の事情を考慮すると、金融機関である控訴人の担当者において、右普通預金の出入金の性質、内容や、そこから取組まれた本件預金の性質、その実質的帰属等を正確に把握するのは容易でないことは明らかであつて、控訴人においてこれらの点について特に調査することなく、前記の預金証書における名義人の記載及びその使用印鑑の照合等の形式的調査のみから、本件預金者が参加人矢野であると信じたとしても無理からぬところであり、その点に過失があつたものと解するのは相当ではない。
三以上のとおりであつて、本件預金払戻請求債権は、控訴人のなした前項の相殺の意思表示により消滅したものというべきであるから、右債権の存在を前提とする被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。
よつて、これと結論を異にする原判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤野岩雄 裁判官仲江利政 裁判官大石貢二)